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大阪地方裁判所堺支部 平成3年(ヨ)98号 決定

債権者 学校法人 堺キリスト学園

右代表者理事 都田保羅

〈ほか四八名〉

債権者ら代理人弁護士 上坂明

同 池田直樹

同 舩冨光治

同 小野裕樹

同 位田浩

同 金井塚康弘

同 岸上英二

債務者 和田和子

〈ほか二名〉

債務者ら代理人弁護士 重宗次郎

主文

一  本件各申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  主位的申請の趣旨

1  債務者らは、債権者らに対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)上に建築中の建物について、別紙図面①中のイロホイを順に直線で結んだ斜線部分の土地上に建築工事をしてはならない。

2  申請費用は債務者らの負担とする。

二  予備的申請の趣旨(一)

1  債務者らは、債権者らに対し、本件土地上に建築中の建物について、別紙図面①中のイロホイを順に直線で結んだ斜線部分の土地上に地上二階を越える部分の建築工事をしてはならない。

2  申請費用は債務者らの負担とする。

三  予備的申請の趣旨(二)

1  債務者らは、債権者らに対し、本件土地上に建築中の建物について、別紙図面①中のイロホイを順に直線で結んだ斜線部分の土地上に地上二階を越える部分の建築工事を続行してはならない。

2  申請費用は債務者らの負担とする。

第二当裁判所の判断

一  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が一応認められる。

1  債権者学校法人堺キリスト学園は、開花幼稚園を設置し、キリスト教主義に基づく学校教育を行うことを目的としており、その余の債権者らは、開花幼稚園に通園している園児六九名のうち四八名である。

債務者和田和子、同和田充弘は、開花幼稚園の東側に隣接する本件土地を所有する者で、このたび次のようなビル(仮称「和田ビル」、以下「本件ビル」という。)を建築しようとしており(これを以下「本件工事」という。)、債務者今井工務店こと今井幸一は、本件工事施工業者である。

本件ビルの概要

敷地面積 三〇七・三八平方メートル

構造階数 鉄骨造 地上五階(一部六階)

建築面積 二七〇・七二平方メートル

延床面積 一四四六・五一平方メートル

建築用途 駐車場付貸店舗貸事務所及び居宅

予定工期 着工後七ケ月

2  開花幼稚園及び本件土地は、南海本線堺駅より南東方向へ、約五〇〇メートルの地にあり、この地域は、建築基準法上の用途地域としては、商業地域の指定を受けている。この地域は、堺旧市街の中でも歴史的に由緒ある地域として、江戸時代以来商業活動による繁栄を持続してきたが、戦後、堺東地区などに中心的地位を奪われ、近年まで過去からみればさびれた状況にあった。しかしながら、現況は高層建築物はまだ少ないものの、都市再開発の動きが進みつつあり、中高層マンションやビルが順次建設されつつある。

3  開花幼稚園は、当初西成区内に開設され、昭和二五年四月に現在地に再開されたものであるが、昭和二六年四月二〇日には、宗教法人日本キリスト教団堺川尻教会公益事業として大阪府の認可を、昭和六一年三月二五日に学校法人堺キリスト学園の開花幼稚園として大阪府の認可をそれぞれ受けた。昭和二五年四月以降の卒園生は約二〇〇〇人弱であり、現在の在園生は六九名である。

開花幼稚園のカリキュラムにおいては、保育年限を三歳児三年、四歳児二年、五歳児一年とし、週単位では、月曜日、木曜日及び金曜日は午前九時から午後二時まで、水曜日は午前九時から午前一一時三〇分までを保育時間とし、別表のとおり午前中を園庭での遊技時間に当て、午後の時間帯を園舎内での昼食、休憩、帰り支度等に当てている。

4  債務者和田は、祖父の代から本件土地上に居宅、家具製造工場及びその西側部分には文化住宅を所有していたが、その後家具製造工場を撤去し、昭和三九年にはその後に三階建ての貸ビルを新設した。その後間もなく同ビル屋上に平屋建ての居宅を建設したが、やがてこれを撤去し、昭和五四年に文化住宅を撤去した部分に二階建ての居宅を建築した。

債務者和田は、債務者充弘、その母債務者和子、その妹恵美の三人家族であるが、その収入源は貸ビルからの賃貸料が唯一のものであった。ところで、近年地価高騰による諸経費増加、ビル老朽化にともなう維持、修理費用の増大、ビル老朽化による空室テナントの比率増大等の困難な問題が生ずるようになったため、ビルを新築することを計画した。

そして、債務者今井に施工を依頼することとし、平成二年六月三〇日工期を着手平成三年一月一〇日、完成を同年五月一五日とする工事請負契約を締結した。また、ビルの形状、総面積等については、債務者今井をはじめ、全額融資を受ける銀行、会計事務所、設計事務所等とも協議して決定したが、採算性のためビルを八階建てにすることも検討したが、銀行からの融資額や開花幼稚園ほかへの日照の影響等を考慮してぎりぎりまで階数を抑え、その結果六階建て一部五階建ての本件計画に決定した。

5  債務者らは、平成二年一〇月一六日本件工事についての第一回の説明会を行い、この席上参加者からは本件計画に絶対反対との意思表示を受けた。債務者和田両名は同月一七日本件工事の挨拶のため開花幼稚園を訪れたが、その直後同園の園長ら多数が債務者和田宅を訪れ本件工事について絶対反対の意思表示をした。債権者らは、同月下旬ころから建築反対の署名運動を始め同月二五日に開花幼稚園母の会臨時総会を開催し、本件建築に反対することを決議した。一〇月二六日には債務者らからの第二回説明会が行われ、この席上債務者らは「ビル改築に関するお願い(関係者各位様宛)」、「地区説明会質疑応答書」、「回答書(開花幼稚園殿宛)」と題する書面を渡し、債権者らは日影図の提出を求め、債務者らはこれに応ずる旨約した。一一月一四日、債権者らは堺市開発部に対し、日照が確保できるように行政指導を行うよう陳情し、同月一六日堺市教育長に対し同様の陳情をした。一二月一〇日堺市から債務者に現行の計画を実施するならその旨開花幼稚園に通告するようにとの指示があり、債務者らは開花幼稚園にその旨申入れをした。同月一二日債務者らは開花幼稚園を訪れ日影図の説明をし、現行計画を実施する旨の申入れをした。同月二二日債務者和田及び設計担当者が開花幼稚園を訪れ、協議したが、妥協点は見いだし得なかった。

6  堺市においては、以前は日照等指導要項において、商業地域についても日照の確保のために一定の規制がなされ、さらに建築物の周辺に教育施設、児童福祉施設等がある場合には特別の配慮をすべきことを規定していた(三条)が、昭和五三年に建築基準法が改正され、日影による中高層に建築物の高さの制限の規定(五六条の二)が新設された際も商業地域については規制されなかったことや商業地域の活性化等のために、平成二年四月一日から同要項が改正され、右各規定が削除された。

債務者らは、本件建物について、堺市開発指導課から日影適合の意見を受け、平成三年四月一八日建築確認を得た。

7  堺市内の四九の幼稚園について、運動場の使用時間帯を調査したところ、午前中あるいは主に午前中に使用しているものの数は三〇で、保育時間中まんべんなく使用しているものの数は一九であった。

8  開花幼稚園の東から南にかけては、別紙図面②のとおり平屋建て倉庫、コーポ太陽及びみのだ邸の各建物がある。これらの建物及び和田ビル旧建物あるいは本件建物によって開花幼稚園の園舎及び園庭に生ずる日影は別紙図面③のNo.1からNo.13のとおりであって、園庭のうち既に六〇ないし八〇パーセントが既存建物で日陰となっており、本件建物によって日陰がさらに約一〇ないし二五パーセント増加することになる。

二  以上に認定した事実にもとずいて、前記日照阻害が債権者らにとって受忍限度内のものであるか否かにつき検討する。

1  幼稚園は、幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする(学校教育法七七条)ものであるから、その園舎及び園庭に良好な環境が確保されなければならないことはいうまでもない。

2  しかしながら、本件ビルを建築しようとしている場所は、商業地域であって、日照については建築基準法において何ら規制されておらず、また、堺市においても商業地域については地域の活性化を図るということに重点がおかれ、かつてその日照等指導要綱においては日照の確保のために一定の規制がなされていたが、平成二年四月一日からは右要綱が改正され規制がなくなったという場所柄であること、債権者らの申請どおり本件建物の建築が禁止されると、建物は極めて不整形となり、その利用価値は相当に減じられ、ひいては債務者和田らが本件ビルによって期待どおりの収益をあげることも困難となることが予想されること、また銀行からの融資の制約の方が大きかったのではないかと思われるが、日照についても考慮して本件建物の高さを当初の希望の八階建てから六階建て一部五階建てに変更したこと、他方債権者らにとってみれば、確かに午前九時三〇分ころから一一時三〇分ころまでは本件建物によって日照が阻害されるが、それも既存の他の建物による日照阻害の程度の方がはるかに大きいこと、しかしながら、それ以降はその程度も少なくなり園舎及び園庭にかなりの日照が確保されること、堺市内の他の幼稚園の園庭使用時間と比較してみても開花幼稚園の園庭使用時間を午前中の遅い時間あるいは午後の時間にずらすこともさほど困難とは考えられないことがうかがえ、これらの諸事情を総合的に考慮すると本件建物により債権者らが受ける日照被害は未だ受忍限度を超えるものと認めることはできない。

3  債権者らは、本件建物は開花幼稚園の敷地境界線から二・五六メートル東の位置に建築される計画になっており、従って、園児が園庭に立ったとき、至近距離に垂直にそそり立つ本件建物は、園児に対し異常な心理的圧迫感を感じさせることになり、園児を萎縮させ、精神的発育に与える影響は計り知れないとも主張する。しかしながら、右主張を認めるに足りる疎明はない。

また、債権者らは、予備的申請(一)及び(二)においては別紙図面①中のイロホイを順に直線で結んだ斜線部分の土地上に地上二階を越える部分の建築工事の禁止あるいは建築工事の続行禁止を求めるのであるが、他方では、債権者らは、午前中の日照確保を目的とするためには、太陽が未だ低い位置にあるので、建物の高さは関係なく、日光が差し込む方角に建物等のしゃへい物がないことが不可欠であるとも主張しているのであって、右各予備的申請はこの主張とは首尾一貫しないものといわねばならないものであるし、右各予備的申請が認容されることによってどの程度の日照が確保されることになるのかについては十分な疎明がない。

三  よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 小見山進)

〈以下省略〉

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